能登半島2泊3日の旅 2日目

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自転車旅のプロ・つむりさんをサポートライダーに迎え、能登の旅2日目へ。この日も天気は良く、走りやすいコンディション。輪島市を出発し、能登半島の海岸線を反時計回りに進みながら2日目のゴール地点である能登町を目指す。<1日目のレポートはこちら

2日目スタートと重蔵神社

昨夜は暗くて気づかなかったが、宿泊した「うめのや GUESTHOUSE」の隣には「重蔵神社(じゅうぞうじんじゃ)」があった。輪島市内でも歴史のある神社のひとつで、地域の人々に親しまれてきた場所だ。境内には「たぬき天神」と呼ばれる祠もあり、ユニークな存在として知られている。

重蔵神社に立ち寄ると、本殿は地震の影響でブルーシートに覆われていた。建物は傾いたままで、復旧工事はまだ進んでいない様子。あらためて地震の影響の大きさを感じる。

出張輪島朝市で朝食

宿に朝食が付いていなかったため、輪島朝市で朝食をとることにした。調べてみると、場所を移し規模を縮小しながらも、現在は輪島市内のショッピングモール「パワーシティ輪島ワイプラザ」内で営業しているとのこと。そこで、実際に足を運んでみることにした。

「パワーシティ輪島ワイプラザ」の一角で、「出張輪島朝市」が開催されていた。震災による火災で従来の朝市通りでの営業ができないため、規模を縮小しながら営業を続けている。営業時間は9:00〜13:00(定休日:水)。現在の輪島朝市の様子を知ることができる場所だ。

朝食を求めて店をのぞきながらぶらり散策。地元のお母さんたちと会話を交わしながらの買い物も楽しい時間だ。海産物やフルーツ、工芸品などが並び、震災前と比べると規模は小さくなったものの、変わらず元気な声と活気にあふれていた。

手作りのおにぎりやおまんじゅうを購入。1個100円という手に取りやすい価格も魅力だ。素朴でやさしい味わいに、ついもう一つと手が伸びる。

店内のイートインスペースでおにぎりを頬張りながら腹ごしらえ。地元のお母さんたちの元気なやりとりからも自然と力をもらい、そのまま次の目的地へ向かった。

パン屋での寄り道

朝食を済ませたあとだが、けんたさんのリクエストで、市内にあるパン屋「ラポール・デュ・パン」に立ち寄る。

店の扉を開けると、ショーケースには思わず目を引くパンがずらりと並んでいた。見た目の完成度も高く、どれを選ぶか迷うほど種類も豊富。

色とりどりのパンを前に、けんたさんとつむりさんのテンションは一気に上がる。朝市でおにぎりを食べたばかりだが、抑えきれずつい多めに購入。この店は家族経営で、息子さんがパンを作り、お父さんがサポートする体制。パンへのこだわりが感じられる一軒だ。

購入後は店の2階のベランダへ移動。日本海を眺めながらコーヒーと一緒にパンをいただく。どのパンも完成度が高く、味もしっかりしている。けんたさんとつむりさんも納得のクオリティで、また来たいと思える内容だった。

ちなみに、けんたさんは家族へのお土産として追加でパンを購入。バイクパッキングの空きスペースはすべてパンで埋まり、入りきらない分は背負って運ぶほど気に入った様子。

ここから本格的にライド再開。海沿いの国道249号線を東へ進み、能登半島の東端にある「禄剛埼灯台(ろっこうさきとうだい)」を目指す。道中は復興工事による片側通行の区間もあり、注意しながら進む。

海沿いルートと千枚田

輪島市の中心街から約10km走り、「道の駅 千枚田ポケットパーク」に到着。トイレ休憩ができるほか売店もあり、隣接する白米千枚田(しろよねせんまいだ)で収穫された米を使ったおにぎりも食べられる。

駐車場からは「白米千枚田」を一望できる。この地域は半島という地形上、平地が少ないため、収穫量を確保する目的で棚田が広がってきた。海に面した斜面に階段状に連なる独特の景観が特徴で、現在も地元の人々によって維持されている。名前の通り、最終的には1000枚規模まで拡大したとされている。

つむりさんが棚田を眺めていると、変化に気づく。地震前は棚田のすぐ先が海岸線だったとのことだが、現在はその位置が大きく変わっている。能登半島地震による地殻変動で陸地が隆起し、海岸線が後退したと考えられている。※写真の赤線部分が地震前の海岸線

隆起した海岸線と復旧の現場

ちょうどライド当日の朝、「能登半島地震による海岸隆起が約100kmに及ぶ世界最長級」とのニュースが出ていた。今回走るルートの大半でも、数メートル規模の隆起が確認されているという。

写真に写っている道路(国道249号)も、地震による土砂の影響で一時通行できなくなった。そのため、隆起してできた砂浜を迂回路として整備した経緯がある。山側を見ると、元の堤防や道路がそのまま残っており、地形の変化がはっきりと分かる。3〜5mほど地面が隆起したことが実感できる光景だ。※写真の赤線部分が以前の道路の高さ

ところどころに、元の国道249号の道路跡や倒れた電柱、電線がそのまま残っている。実際に目にすると、地震のエネルギーの大きさを強く感じる。

珠洲市の逢坂トンネルは地震で塞がれたため、現在は迂回路が整備されている。迂回路の脇に見える山肌は、もともと波が当たっていたと考えられる岩壁で、本来は道路ではなかった場所であることが分かる景色だ。

そのルートは、落石の脇をかすめるように山肌沿いを進む区間となっている。元の道路状況を知らなくても、現地の様子から復旧に時間がかかることが理解できる。

地震による崩落や海の隆起の様子に驚きながら進み、珠洲市郊外の道の駅「すず塩田村」で休憩。奥能登絶景海道では、トイレも利用できる貴重な休憩ポイントだ。

揚げ浜の塩「あげ塩」は、珠洲市馬緤町・笹波町の海岸一帯で昔ながらの製法で作られてきた塩。海辺の砂を使って濃い塩水をつくる「揚げ浜式製塩法」で製造されており、自然の恵みをそのまま生かした味が特徴。現地では塩作り体験もできる。

塩田村の塩の資料館で名物の塩ソフトクリームをいただく。塩味がしっかり効いているが、後味はすっきりしていて最後まで食べやすい。あわせて、スタッフの方から地震前後の状況や復興の様子について話を聞くことができた。

丹精込めて作られた揚げ浜塩をお土産に購入。手間と時間のかかる製法に加え、職人の数も限られているため、購入は1人3個までの制限がある。粒はしっかりしており、口に入れるとまろやかな塩味とほんのりとした甘みが広がるのが特徴。

珠洲市の内陸側に入ると、海から離れるため路面状況も比較的良くなる。同じ珠洲市内でも、地形の違いによって被害の出方が異なることが、自転車で走ることで実感できる。

禄剛埼灯台と最先端到達

予定よりだいぶ遅れていたため、ランチはスキップし、14時頃に能登半島最先端の禄剛埼灯台(ろっこうさきとうだい)に到着。禄剛崎は国土地理院が定めた「日本の重心」に最も近い陸地で、実際の位置は日本海上(富山県沖)にあるが、その目印として「日本列島ここが中心の碑」が設置されている。

この灯台は、明治時代に日本人の設計で建てられた白亜の灯台。つむりさんは14年前にも訪れたことがあるそうで、思い出の場所でもある。各々記念撮影をして、灯台を後にする。

珠洲のカフェと後半戦

昼食を逃して空腹気味のため、珠洲市内のカフェを目指す。緩やかなカーブが続く海岸線を、つむりさんのペースで一定のスピードを保ちながら進む。

灯台から約20km走り、「ANARCHY」というカフェに到着。カフェでありながらイベントスペースとしても使われている店舗だ。ランチのラストオーダーは15:30までだったが、ぎりぎり間に合った。

手作りソースに能登産の牛豚合い挽きパテを使用したハンバーガーは、見た目のサイズ感もそのまま。一般的に写真より小さいことも多いが、ここは写真通りのボリューム。しっかりした食べ応えで、肉汁も十分。走ってきた分、満足感も大きい。

食事を終え、宿まで残り約30kmに向けて再スタート。珠洲市内には地震の影響がまだ残っており、看板が傾いたままの場所や、橋の崩落で通行できない区間も見られる。復旧はまだ途中の段階だ。

取り壊された更地に傾いた電柱だけが残る場所もあり、地震から2年が経過した今も、被害の痕跡が色濃く残っている。

見附島と能登の変化

つむりさんの希望で、途中に能登のシンボルである「見附島」(通称:軍艦島)に立ち寄る。高さ28メートルの岩がそびえ立ち、かつては軍艦が迫ってくるような迫力ある景観で知られていた。

しかし、地震の影響で一部が大きく崩落し、現在は以前とは異なる姿となっている。地震前後でどのように形が変わったのかは、3Dで分かりやすく解説されている映像もあるため、あわせて確認すると理解しやすい。(とてもわかいやすい3D解説はこちら

もともと見附島のある海岸は「えんむすびーち」と呼ばれ、恋人の聖地として知られていた。地震によって形が変わったことは残念ではあるが、この変化も含めて、今後さらに注目されるスポットになる可能性もある。

日も傾いてきたため、急ぎ本日の宿「ふらっと」へ向かう。奥能登は平坦な区間が多く交通量も少ないため、安定したペースで走りやすい。ロードバイクでも快適に走れる区間が続いていく。

宿のある能登町へ向かう道中でも、土砂崩れによって道路が塞がれている場所が見られる。主要な道路はおおむね通行可能だが、優先度の低い路線では復旧がまだ追いついていない状況も感じられた。

ラストスパートは富山湾を左手に見ながら海岸線を気持ちよく流す。2日目の走行も終盤に入り、気づけば走行距離は100kmに到達。天候にも景色にも恵まれ、最後まで快適なライドに。まだ走っていたい!そんな気持ちが残る、充実した一日だった。

宿「ふらっと」と2日目の締め

無事に2日目の宿「ふらっと」に到着。能登町の中心地から少し離れた立地の宿で、落ち着いた門構えが印象的。オーストラリア出身のシェフと、能登生まれ・能登育ちの女将さんが運営している。

自転車は広々とした玄関に置かせてもらえるため、安心して保管できる。この日は平日ということもあり、宿泊客は我々のみだった。

部屋は8畳の広い和室。風呂は共同だが檜の浴室で清潔感があり、落ち着いて入れる。ライドの疲れもここでしっかりリセットできた。

この日はシェフが不在のため、女将さんの息子さんが営むイタリア料理店「Re Noto CREW」で夕食をいただく。宿から約2kmの距離だが、女将さんのご厚意で車で送迎してもらえた。能登の食材を使ったイタリアンが楽しめる一軒だ。

メニューにビールはなかったため、スパークリングワインで乾杯。ディスカバーライドでは珍しい優雅な乾杯。

メニューは前菜とパスタ、カフェのセット。パスタは鶏肉のクリームパスタを選択。旨みのある鶏肉に、アオサの香りがほのかに重なる濃厚な仕上がり。この日も空腹だったため、追加料金で大盛りに変更。

つむりさんも納得の濃厚なパスタ。2日目のライドを振り返りながら、落ち着いた雰囲気の中でゆっくりと食事の時間を過ごす。

一方で、最後の能登の夜ということもあり、けんたさんと私は食事に合わせてワインを楽しむ。宿の女将さんが迎えに来てくれることに甘え、ついペースも上がりがちだが、それも含めてこの時間をしっかり味わう。

最終日・穴水駅へ

宿「ふらっと」で温かい風呂と布団により疲れを整え、ライド最終日へ。この日も朝から快晴。ゴールの「穴水駅」を目指し、落ち着いたペースで走り出す。

宿から穴水駅までは約20km。走行中、海の上に見えてきたのは穴水町に残る「ボラ待ちやぐら」。海上に設けたやぐらから見張りを行い、仕掛けた網に入ったボラを引き上げる漁法で、日本最古とされる伝統的な方法だ。

約1時間で旅のゴール「穴水駅」に到着。手慣れた様子で自転車を輪行袋に収納し、出発までの時間は土産を見ながら待つ。大宮までは2回乗り継ぎで約5時間。夕方の混雑を避けるため、早めに帰路につく。3日間の走行を終え、無事にライドは終了した。

能登半島を走って感じたこと

2泊3日の能登半島の旅は、実際に現地を走ることで見えてくるものの多い時間だった。事前にニュースやネットで見ていた復興の遅れは、場所によっては強く感じられ、同じ石川県でも金沢駅周辺の賑わいと、和倉温泉や輪島、珠洲の現状とのギャップが印象に残った。

自転車で走ったからこそ、路面の陥没や崩落、迂回路の存在など、震災の影響を肌で感じることができた。また、約100kmにわたる隆起という地形の変化も、現地で見て初めて実感できるスケールだった。

一方で、町や人は少しずつ前に進んでいる。能登は山と海のバランスが良く、走る場所としての魅力も十分にある。この旅をきっかけに、能登に興味を持ち、訪れる人が増えることで復興につながっていけばと思う。

旅のしおり

8:30 ライドスタート
9:00 ワイプラザの輪島朝市
9:45 ラポール・デュ・パンに立ち寄り
1100 道の駅「千枚田ポケットパーク」で休憩
12:30 道の駅「すず塩田村」で休憩
14:15 禄剛埼灯台に到着
15:30 カフェ「ANARCHY」で遅めのランチ
16:45 見附島を見学
18:00 宿「ふらっと」でゴール

今回立ち寄った場所

重蔵神社

パワーシティ 輪島ワイプラザ

ラポール・デュ・パン

道の駅 千枚田ポケットパーク

すず塩田村

禄剛埼灯台

ANARCHY

見附島(軍艦島)

Re Noto CREW

今回宿泊したお宿

ふらっと

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ROUTE

「能登半島の旅」のルートについて

旅のスタートは和倉温泉駅。能登島を経由し、海沿いのルートをつなぎながら北上。穴水を通って輪島市内へと進む。能登半島の海岸線を時計回りに巡り、ゴールは穴水駅。景色と路面状況を確認しながら走る全行程約180kmのルート。