2025/07/04
【後編】UNBOUND GRAVEL 100マイル挑戦記|貧脚だって、やればできる!
ーけんたさんからの一通のLINEから始まった、アンバウンドグラベル100マイルへの挑戦。不安と興奮が入り混じるなか、ついに本番当日(前編はこちら)──
7|スタートラインの熱狂と緊張──すべては、ここから始まる
イベント本番の朝。
緊張のせいか、前夜はあまり眠れず、目が覚めたのは午前4時。
外はまだ暗いが、気持ちが高ぶっていて、じっとしていられなかった。
まずは、同じ宿舎で過ごしていた200マイルに挑戦するメンバーたちを見送る。
荷物を抱えながら出発する背中を見ていたら、不意にこみ上げてくるものがあった。
「頑張ってください!」なんて言葉が、自然と口から出てしまう。
──そう、これはまるで学生時代、部活の先輩を大会に送り出すときのような感覚。
(※感覚には個人差があります)
そんな心の余韻を抱えながら、わたしとけんたさんもスタート地点へと向かった。
天気は快晴。気温は最低13度、最高約30度の予報。
朝の冷え込みは控えめだが、後半はしっかり暑くなりそうな一日になる。
ちょうど6:30。
先にスタートする200マイル部門のライダーたちが、大歓声に包まれて一斉に走り出していった。
地面が揺れるような迫力と熱気。その光景を前に、思わず背筋が伸びた。
そして、いよいよ次は自分たちの番。
100マイル部門のスタート時刻は7:30。
スタートの列に並びながら、胸の鼓動が高鳴っていくのを感じる。
隣に並ぶ見知らぬライダーとも、なぜか目が合うだけで少し心が通うような、そんな雰囲気。
やがて、アメリカ国歌が流れると、それまでにぎやかだった会場がピタリと静まり返った。
この一瞬の静寂が、逆に緊張感をぐっと高めてくれる。
そして──7:30。
ついに、100マイル部門がスタート!
大歓声に包まれながら、ライダーたちが一斉に動き出す。
この瞬間、緊張はスッと消え、「ここまで来たら、160%楽しんでやる!」という気持ちに切り替わった。今さら不安を抱えていても仕方ない。この特別なレース、この空気を、今の自分が感じられるすべてで味わい尽くしたい──そんな前向きなエネルギーが、自転車とともに体を前へと押し出してくれる。
テンションは最高潮──でも、興奮しすぎは禁物。
スタート直後は集団走行のため、まずは郊外に出るまで全体のペースに合わせて慎重に進んでいく。
前後のライダーとの車間距離を意識しながら、静かに集中する。
この独特の緊張感も、ビッグイベントならではのものだ。
こうして、160kmの旅が、いよいよ動き出した。
8|走り出したら、戻れない─100マイル、本番スタート!
舗装路を抜けて、およそ3km地点でいよいよグラベルに突入。1週間前まで続いていた雨の影響が心配されたが、ここ数日の快晴のおかげで路面はしっかりドライ。名物の「ピーナツバター(=泥)」も、今日は姿を見せなかった。
コースは決してフラットではなく、ゆるやかに波打つ丘が連続している。さえぎるもののない大地に、何百人というライダーの列が遥か彼方まで続いていく光景は、まさに“グラベルの大海原”。その中に自分がいるという現実に、思わず鳥肌が立った。
走り出したら、もう戻れない。UNBOUND GRAVEL──ここからが本当の勝負だ。
事前にけんたさんから「スタート直後はハイペースな集団になるけど、無理をせず、後半に体力を残すように」とアドバイスをもらっていた。その言葉どおり、周囲のアメリカ人ライダーたちは、序盤から時速35km以上の猛スピードでフラットを飛ばしていく。
こちらは無理をせず、時速30kmほどを維持しながら、淡々と走り続けた。
バイクの走り心地は驚くほど快適だった。パナレーサーの「グラベルキング(45C)」は太めのタイヤでエアボリュームもあり、グラベルの振動をしっかり吸収。
さらに、キャノンデール・トップストーンカーボンの「KingPinサスペンション」は、グラベルとは思えないほどの快適な走行感を生み出してくれた。
リアトライアングル(後ろ三角)がしなやかに動き、細かな振動や突き上げを自然に吸収。まるでフレーム全体が「しなる」ように動き、長時間でも疲れにくい。
荒れた路面でもお尻や腰への衝撃がやわらぎ、安心して前に進める。わたしのような素人でも「これは違う!」とハッキリわかるほどの効果だった。
さらに登りでは、しなやかなサスペンションが路面に追従し、タイヤのグリップと相まってスリップせずにしっかり前へ進める。
脚力に自信がなくても、確かな安心感と走破性を感じられた。
“これはいけるかもしれない”──そんな気持ちが、じわじわと湧いてきた。
9|刻一刻と変化する路面状況
写真だけを見ると、どこも同じようなグラベルに見えるかもしれない。だが、実際に走ってみると、その印象はまったく違う。
丘をひとつ越えるごとに、路面の状況がガラリと変わる。砂利の大きさや密度が変化し、場所によってはダブルトラック(轍)が深く刻まれていたりもする。走行ラインを少しでも誤れば、バランスを崩してしまいそうな場面も多々あった。
途中には、浅い川を渡るセクションも出現。足元の濡れやバイクへのダメージを最小限にするため、慎重にペダルを回す。
特に気をつけなければならないのが、丘を下る場面。下りのグラベル路面は荒れていることが多く、尖った石や緩い砂利が待ち構えている。実際に、パンク修理に追われるライダーの姿を多く見かけた。
今回の装備タイヤ「グラベルキング」には、あらかじめシーラントを注入している。これにより、小さな穴程度であれば自動的に塞いでくれるため、大きな安心感がある。しかし、もしサイドカットなどの大きな損傷を受けた場合、シーラントでは対処できない。そうなれば、緊急用に持っているチューブを使って、その場で修理を行う必要がある。
道中、パンク対応しているライダーの姿を見るたびに、「次は自分かもしれない」と不安がよぎる。ヒヤヒヤしながらも、慎重にラインを選び続ける。
そして、もうひとつ気になったのが、下り坂に落ちている大量のボトル。スピードが乗る下りでは、バイクから勢いよくボトルが飛び出してしまうのだ。
UNBOUND GRAVELは、ただ走るだけでは済まされない。細部にまで神経を張り巡らせなければ、完走は見えてこない──そんな過酷さを、刻一刻と変化する路面が物語っていた。
10|力をくれた!パナレーサーのサポートクルー
行程の半分となる約90km地点、カウンシル・グローブ(Council Grove)に到着。
UNBOUND GRAVELでは、日本のファンライドイベントのように、主催者側が補給食やドリンクを用意してくれる「エイドステーション」は存在しない。
あくまで「セルフサポート」が基本で、途中で補給したければ自分で準備する必要がある。
ただし、例外的に、事前に申し込んでおけば、主催者が用意する有料の「CREW FOR HIRE」というサポートクルーサービス(補給食、荷物運搬、リタイア対応等)を利用することができる。
これはPayne’s PromiseやCamp Alexanderといった地域団体が運営し、レース当日の不安を軽減してくれる心強いサポートだ。
→ 詳しくは UNBOUND公式サイト・CREW FOR HIREについて
わたしたちは、パナレーサーのサポートクルーがこのポイントで待機してくれていた。
用意してくれていたのは、冷えたドリンクに予備の補給食、そして──何よりありがたかったのが、冷たいフラペチーノ。
普段なら「ちょっと甘すぎるな」と感じるその甘さが、疲れきった体にはちょうどいい。
一口飲むごとに、体の内側へじんわりと染み渡っていくのがわかる。
まさに、砂漠の中のオアシスのような一杯だった。
前半戦は、けんたさんからのアドバイス通りにペースを抑えて走っていたこともあり、思ったよりも元気。
脚はまだ動くし、補給も問題なし。いいリズムでここまで来られている実感があった。
ここで一度深呼吸して、後半戦へ──
11|ピクルスとコーラでチャージ完了──もうひと踏ん張り!
コース後半も、引き続き細かな丘のアップダウンが続く。
気温はすでに32度を超え、照りつける日差しが肌に刺さる。疲労がじわじわと蓄積していく中、ふと後ろからオートバイのエンジン音が迫ってきた。
「道をあけてくれ〜」と叫ぶ声とともに現れたのは、200マイル部門のトップ選手たちだった。
オートバイに先導されながら、とてつもないスピードで我々を追い抜いていく。
250km以上を走ってきたとは思えないペダリングの鋭さに、ただただ唖然。
その後も続々と200マイルのライダーたちが追いついてくるため、後方にも注意を払いながら進む。
そんな中、130km地点付近にあるLake Kaholaで、まさかの「私設エイド」に遭遇した。
テントの下で迎えてくれたのは、テンション高めのボランティアの女性たち。
彼女たちは笑顔で「PICKLE STAND!」と声をかけながら、ピクルスを手渡してくれた。
ひと口食べると……めちゃくちゃ酸っぱい!
日本でいうところの“梅干し”レベルの酸っぱさ。
でもその酸味が、火照った体に染み渡って、なんだかスッキリ。
さらに追い打ちをかけるように、「ハーイ、コーラいる?」と手渡されたのは、キンキンに冷えたコカ・コーラ!
けんたさんと目を合わせて思わず笑い、無言で乾杯。
一気に飲み干すと、HP(体力)が一気に回復した(ような感覚)。
まさかこんな場所で、こんな“神エイド”に出会えるとは。
UNBOUND GRAVEL、本当に侮れない──
12|走りきったその先に待っていた、最高のご褒美
残り20km地点に設置されていたウォーターステーションに立ち寄る。
気温はさらに上がり、ボトルの水はみるみるうちに減っていく。
ここでしっかり補給しておくことが、完走に向けた大事な一手だ。
そして──脚が、つりそう。いや、正直もう、つりかけている。
疲労もピークに達し、けんたさんとの会話もほとんどなくなってきた。
ただ黙々と、無言でペダルを回し続ける時間。
なんとか自分をなだめながら、ボトルの水をごくり。喉も心も、乾きっぱなしだ。
そんな中、フレームバッグに補給食として忍ばせていた「柿の種」をそっと取り出して、ひと口。
日本から持ってきた柿の種が、まさかアメリカ・カンザスの大地で、こんなにも心強い味方になるとは思わなかった。
塩気が、じんわりと力をくれる。
ウォーターステーションでの短い休憩を終え、再びサドルにまたがって走り出す。
しかし、上半身の疲労もいよいよ限界に近づいていた。
首と肩にはずっしりとした重さがのしかかり、呼吸も次第に浅くなっていく。
それでも、バイクを降りるわけにはいかない。
走りながら肩を回し、腕を振って、なんとかストレッチでごまかしていく。
そして、ついに残り3kmで、長く、果てしなかったグラベルを抜け、ようやく舗装路へ。
アスファルトの振動が、こんなにも安心感を与えてくれるなんて──。
目の前に、エンポリアの中心街が見えてきた。
赤いフェンスが左右に広がり、フィニッシュシュートの景色が目前に迫る。
沿道からは、声援、拍手、そして笑顔。
見知らぬ人たちが、「グッドジョブ!」と手を振ってくれている。
誰もがライダーをヒーローのように迎えてくれる、このフィニッシュエリアの空気が、すでに涙腺を刺激していた。
そして──ゴールラインを越えた。
UNBOUND GRAVEL 100マイル、完走。
身体はボロボロだけど、心は満たされていた。
“やればできる”なんて言葉、久しぶりに信じられた気がした。
ここには、走った人にしか見えない“新しい景色”があった。
完走後、すぐに完走メダルと完走グラスを手渡される。
ずっしりと重みのあるメダルは、努力の証そのもの。
首にかけてもらった瞬間、込み上げるものがあった。
<100マイル完走タイム けんたさん:8時間30分39秒/ツッチー:8時間30分40秒>
そして、忘れちゃいけないのが──完走ビール!
スタート前にゼッケンにくっついていたビール引換チケットを手に、ビールブースへ直行。
地元カンザスのFree State Brewingが手がけた「Gravel City Ale」を受け取る。
カラッカラに乾いたのどに、冷えたビールが染み渡る。
これだよ、これ! 最高すぎるゴールのご褒美。
今回の相棒・キャノンデール「トップストーン」は、最後までノートラブル。
そして足元を支えたパナレーサー「グラベルキング」も、パンクゼロで完走。
非力なエンジン(=自分)をしっかりカバーしてくれたおかげで、ゴールまでたどり着けた。
安心感、快適性、信頼性──
“バイクとタイヤ”がこれほど心強く感じたことは、いままでなかったかもしれない。
フィニッシュ後はしばらくベンチから立ち上がれず、ただボーっと空を見ていた。
鉛のように重い体に、じわじわと実感が湧いてくる。
ようやく体を動かして、Muc-offの洗車サービスへ。
そこでは、なんと地元の子どもたちがボランティアで、汚れたバイクをひとつひとつ丁寧に洗ってくれていた。
無邪気な笑顔で「グッドジョブ!」と言ってくれるその声が、なんとも心に沁みる。
UNBOUND GRAVELは、ただのレースじゃない。
それを証明するような風景と出会いが、最後の最後まで続いていた。
<阿部選手も200マイルを見事完走:11時間01分38秒>
▼今回の走行ルート
13|振り返って──40代からの挑戦が教えてくれたこと
今回のUNBOUND GRAVELは、ディスカバーライドのテーマである「等身大の旅」とは少し異なるチャレンジでした。
すべての始まりは、けんたさんから届いた一通のLINE。そこから物語が動き出しました。
40代に入り、体力や気力の低下を「感じたくない」と思いながらも、やっぱりどこかで「感じてしまう」──
そんな自分と向き合いながら、「いましかない」と腹をくくって決めた挑戦でした。
ふだんはカフェライドをこよなく愛する“ゆるポタライダー”。
でも、たるんできた気持ちと身体(そしてボディライン)にムチを入れる意味でも、今回は思い切ってエントリーを決意しました。
仕事や子育てとのバランスをとりながら、家族の理解、そしてパナレーサーをはじめとする周囲のサポートに支えられて無事に完走。
この挑戦は、間違いなく一生の宝物になりました。
あらためて感じたのは、「人生は一度きり」だということ。
そして、自転車には人生を豊かにしてくれる可能性が、無限に詰まっているということ。
ディスカバーライドがこれまで提案してきた「等身大の旅」も、「非日常の挑戦」も、どちらも自転車が与えてくれる素晴らしい体験のかたちです。
いま、SNSを通じて、旅先の絶景や美味しい料理、誰かの感動体験が、毎日のようにタイムラインに流れてきます。
まるで、自分もそこに行ったかのような気分になることさえあるかもしれません。
でも──
画面越しに“知る”ことと、自分の身体で“感じる”ことは、まったくの別物です。
たとえば、自転車で坂を登りきったときの達成感や、肌をなでる風、汗のあとに飲む一杯の美味しさ。
五感で味わう体験は、自分の中に深く刻まれます。
SNSは世界を広げてくれますが、「いいな」と思うだけでは、その景色は自分の記憶にはなりません。
どこかへ行って、自分の足で走り、自分の目で見て、自分の心で感じる──
その体験こそが、深く心に残る「本当の旅」になるのだと思います。
だからこそ、映える写真や感動のストーリーがあふれる時代に、あえて“自分の体で味わう”リアルな体験に出かけてみる。
その価値は、これからますます高まっていくのではないでしょうか。
効率や見栄えだけでは得られない感動や発見は、きっと、自転車の旅のような“少しだけ非日常”の中にこそあるのだと思います。
<今回の企画でお世話になったパナレーサーの皆さん>
たしかに今回は、アメリカ・カンザスまで行くという非日常の旅だったけれど──
それと同じように、日常からほんの少し踏み出すだけでも、自転車は“新しい景色”に出会わせてくれます。
遠くても、近くでも、自分の足で走り、自分の目で見て、自分の心で感じること。
それこそが、リアルな体験の価値であり、自転車が与えてくれる本当の魅力なのだと思います。
ディスカバーライドでは、引き続き「等身大の旅」を発信しながら、ときには“非日常”のライド企画にも挑戦していきます。
さて、次は何にチャレンジしようか──。